〈説明〉
正確に書き表せない点は、音の長さです。基本的に五線譜による楽譜は、音の高さを表すと同時に♩や♪や♬などの方法で音の長さをも表すのが原則です。しかし詩吟の節の場合、一定の拍子というものが無く、オタマジャクシの持つ二つの機能のうち長さを表す機能が役に立たないのです。
十線譜は五線譜と似たような機能を持っていますが、音(声)の長さを具体的に表すことはしていません。会派によっては長さの区別をするところもありますが、それは感覚的に「こんな感じ」というくらいのものです。
昔から用いられている詩文譜は、クサビ形の向きで音の高さを表し、曲線の記号で節の種類をあらわすという方法ですが、近年は音の高さを「水乙一二三……」のように、コンダクターに記された階名を用いるところも多くなってきました。今でも曲線式の節調譜が多く用いられているのは、予備知識のない人にもその感覚に訴えて節調を覚えやすく工夫されているからではないかと思います。つまり、一目で音形が判るということです。その点は五線譜も十線譜も同じです。詩文譜の優れた点は、多くの紙面を必要としないことです。
尺八の伴奏や、箏の伴奏にも即興の場合この詩文譜を用いることが出来ますが、吟の節に対し精密な対応をしながら伴奏をする場合や、箏・尺八の他に十七絃など、他の弾音楽器が加わる場合は即興というわけにはいきません。弾音楽器同士が勝手に弾き始めるとメチャクチャに聞こえるからです。このように本格的な合奏が必要になると、伴奏の為の楽譜が必要になります。こうなるともはや音(声)の長さは「大体この位」というわけにはまいりません。例えば1分50秒の吟を譜採りする場合、170拍くらいに分割して楽譜をつくり、この170拍に対して伴奏を決め、演奏するのです。この場合の吟と箏の譜はそのまま五線譜に書き表すことが出来ます。
ここで重大な問題があります。箏の楽譜は4本調子~8本調子まで共通。又水2本調子~3本調子までも共通ですので、直前に現場で7本から6本への変更や、1本から3本への変更が出来ます。これはお箏が全体の音程を変えられる移調楽器だからです。つまり同じ楽譜を見ながら何種類かの高さの違う調子を演奏することが出来るのです。その点は尺八も同じで、長さの違う尺八を使うことで、同じ楽譜を演奏しても本数を変えることが出来ます。しかし4本の予定が直前に3本に変更されるとお箏は対処に困ります。4本より低く調絃することは、お箏の機能上、無理があるからです。3本以下の為の楽譜が必要になります。
五線譜の話なのになぜお箏の不便さを力説するのかとお思いでしょうネ!それはお箏が本数によって二つの楽譜を必要とする不便さに対し、五線譜の場合、その6倍の種類の楽譜を必要とすることに驚いていただきたかったからです。吟じる皆さんは、本数が変わっても詩文譜は同じものを見ますネ。コンダクターも何本調子であろうと弾き方は変わりません。しかし洋楽器には移調楽器が多くないので大抵の場合同じ楽器で、同じ調絃ですべての調子を演奏するのです。つまり12種類の運指を駆使して12種類の楽譜を演奏するのです。カラオケ伴奏のCDが12枚必要なのと同じです。
図1は五線譜による吟詠の基本音階 8本陰音階を表しています。この調子だけは調号が無印で、ピアノの白鍵だけを使って演奏します。五線譜の世界では「イ短調」といいます。
図2に五線譜の1本陰音階「ニ短調」を示しました。8本陰音階「イ短調」の「シ」に♭(フラット記号)をつけて「シ」だけを1本下げた音階です。「シ」を1本下げるとどういうことになるのかを図3に示しましたが、判りにくいと思いますので、「シ」に♭がつくと7本下がる(5本上がる)
と覚えるのが簡単です。なおこの他にも、「ファ」に♯(シャープ)がつくとどうなるか等々面倒なことが沢山あります。五線譜による詩吟の譜は次回に紹介します。