公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2022年1月




〈説明〉

 発声の指導と尺八の指導とは似たところがあります。どちらも見えない部分の説明、指導をしなくてはならないという点です。尺八の場合、「このように吹けばこういう音が出る」という説明ができない場合のほうが多いです。発声の場合も「このようにすれば私の声と似た声が出せます」という指導はできないでしょう?

 指導を受ける側もいろいろなタイプがあり、手取り足取りの指導が合っている人や、手本を示してやれば、あとは自分でその音を真似るべく、一人黙々と練習して目標の音に近づく人などさまざまです。

 発声について、「よく響く声」を理解してもらうことはとても難しいと思います。この説明に役立つかもしれないと思いますので。尺八のことをお話ししましょう。

 尺八は、全ての手孔を閉じた状態を『ロ』と呼び、一番低い音を出すときの運指です。この音はどの尺八においても一番安定した、一番大きな音がする運指で、音色も独特です。この特徴的な音色のせいで、長さの違う(音の高さが違う)尺八でも、音を聞いただけで『ロ』だと判ります。尺八を1年以上吹いてる人なら誰にでも分かります。一番低いこの音は、「ボー」という音ですが、初心者がやみくもに強く吹いたりすると「ピー」とか「キーン」という音になってしまいます。「ボー」という音のまま大きく強い音にすることは初心者には難しいことです。「息の速度を遅く、息の量を多く」すると大きな音で「ボー」と鳴ります。しかし息の量を多くしようとすると強く吹いてしまうので、速度も速くなってしまい、「ピー」とオクターブ高い音が出てしまうのです。また、これが出来るようになっても、音が大きくなるだけで強い音色にはなりません。この音を強く(大きくではなく)するには、ある程度息の速度を速くする必要があります。このとき、どのくらい速くするかということを指導するのは難しいです。この場合は、本人の耳が頼りです。『ロ』の音が強くなると「ボー」が「ブー」に変わってきます。つまり息の速さを速くすることにより「ボー」が「ブー」に変化してくるのです。速すぎると「ブー」を飛び越え「ピー」となってしまいます。

 このようなことは『ロ』に限らず他の運指においてもいえることです。ここで興味深いことを紹介します。尺八の運指名には『ロ』の他、『ツ』『レ』『チ』があります。音の高さはロツレチの順で高くなっていきます。この運指名の母音に注目してください。ロツレチの母音はオウエイですね?初心者は無意識に口腔をオウエイの形にしてしまいます。つまり低い音の『ロ』のときは口腔の形を深くして低音によく共鳴するようにし、『ツ』『レ』『チ』と高くなるにつれてウ・エ・イと口腔内を狭く浅くしてゆき、高音がよく共鳴するようにしているのです。もちろん最初は無意識ですが、経験を積むほどにそれぞれの音に対して一番よく共鳴する口腔の形があるのだということを知るようになるのです。この運指名は数百年前からあるもので、明らかに口腔内の共鳴を意識したものだと推測できます。そして、この共鳴を感じられるようになると、全ての音が力強い芯のある音になるのですが、この原理を説明しても、違いを感じない耳の持ち主ですと、何年経っても、どの音を吹いても『ポー』としか鳴りません。

 詩吟の発声において、力の無い、響きの無い、声量の乏しい声しか出ない人が、良く響く力強い声を出すためには、まず、今までとは違う声を出す練習から始めるのがよいと思います。お手本の声を聞いただけで真似ができる人も、さらなる上達のために、是非試してみましょう。

 最初は『イ』の発声から始めましょう。上下の歯を軽く食いしばって『イ』を発声します。この状態で、歯を動かさず、舌を動かさず、唇も動かさずに声を変えることを練習します。簡単に変えられるのは音程と?あとは?……そうです。『ン』に変えることができますね?でもそれだけではありません。『ン』に変えた時と同じように口の状態を変えずに『エ』と発声しようと試みてください。口腔も舌も歯も動かせないのですから『エ』の母音になるはずがありません。しかし、それまでの『イ』とは違う声になりませんか?頑張っても変わらないときは『イ』と『ン』を繰り返して、声を変えるコツをつかんでください。いろいろな声を出せるようになったら、それらの中からよく響く声を探ってみましょう。自分の声とは思えないような声でも大きく響く声を見つけましょう。一番やりやすい『イ』で色々な声を出せるようになったら、『エ』『ア』も試してみましょう。ウ・オ・イなどを意識して声を変えると『ビーン』と響くところがあるはずです。

 この発声練習は別個に行い、吟詠中は忘れて吟じてください。共鳴の練習が身についてきましたら、自然と吟の中にその声が顔を出すようになるでしょう。

 とにかく、今の声とは違う声を出せるようになることが第一歩でしょう。