公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2021年12月




〈説明〉

 一番現実的な方法は吟詠家の中から音程感覚の優れた人を探すことです。今日それを難しくしているのは、人選方法です。地区連にしても県連にしてもコンクールの審査員は役員の中から選ぶのを基本とし、不足の人員を指導者研修会の受講生から人選しているようですが、当たり前に考えると、全ての審査員を少壮吟士または元少壮吟士で構成するべきだと思います。調和審査だけは少壮吟士に任せる所もあるようですが……話が横道にそれてしまいますが、基本的に吟詠技術に長けている理由で役員に選ばれているわけではないはずなので、役員の中から選出するのは合理的ではありませんし、多くの人がそう感じていると思います。また少壮吟士なら誰でも調和審査に向いているかというと、そうでもないようです。ご本人の吟が正確な音程でも、人の吟の音程をランク付けすることが得意とは限りません。また県内に少壮吟士がいない場合もあるようですので、他の地区から招請して任に当たっていただくということなども通例になれば、次第に他の項目の審査も少壮吟士・少壮吟士OBで行われるようになるのではないでしょうか。何と言ってもコンクールの荒波を乗り越えてきた方々ばかりですから。

 『審査員の全てを少壮吟士に!』というだけでも大きな反発があるでしょうが、さらなる提案はなおさらの反発を買うのでは?その提案とは……調和審査は『独吟コンクール青年の部・一般一部優勝の経験者』を起用するという案です。理由はもちろん、音程感覚の優秀さからです。私の本心を申し上げればさらなる反発があることでしょうが、あえて申し上げますと、何の肩書も無い方の中に音程感覚の優れた方がたくさんいらっしゃるのではないかと想像しているのですが、探すのが難しいのと、人選の理由に困るという難点があります。ご質問の趣旨は養成の方法ということなのですが、回答にもありますように、『養成は難しいので探しましょう』という話になってしまいました。

 気を取り直して『養成』について考えてみましょう。

 音程感覚の優れた方は何故そうなのか?について考えてみますと、養成の方法、訓練の方法が見えてくるのではないかと思います。

 音程感覚だけに絞って考えてみますと、声楽の畑より器楽の畑の人種の方が明らかに音程に関しては厳しい耳を持っています。それは楽器を扱う上でどうしても緻密な音程感覚を要求されるからです。特に、ギター、バイオリン、箏、三味線、琵琶などの弦楽器は、使う度毎に調絃しなくてはならず、その時に高度な音感覚による調絃作業をすることになるため、これを長年繰り返すことで、知らず知らずのうちに微細な音程の違いを判別する能力が身に付いてしまうのです。どのような調絃作業をするのかといいますと、最初に基準となる音(音叉、電子音、他の楽器の音)を聞き、その音に合わせる作業をします。その時の自分の弦楽器の音と基準音とを聞き比べ、基準音より高いのか低いのか判断します。この時、あまり大きな違いがありますと高いのか低いのかを判断しかねる場合があります。例えば時計の針を見て、3時より4時の方が後だとすぐに判りますが、9時と3時ではどちらが早いか判断に迷いますよね?この時、調絃者は絃の音色を聞き分け6時間分締めるのか、6時間分緩めるのかを判断します。これは経験により絃の音色を覚えているからできることなのです。大体同じくらいになったとき、1/10本の差があったとします。このとき、差がある事に気が付かないと、つまり、高いのか低いのかが分らないとこれ以上近付けることはできません。基準音と絃の音程を聞き比べ、低ければ締める、高過ぎれば緩める。そしてその差が1/20本とか1/30本位になりましたら、両方の音を同時に聞き、一つの音としてその音色を判断します。わずかな違いがあると音が震えて聞こえます。この震えの正体は音量の大小(強弱)です。この震えがゆっくりとなる方向に絃を調整して最後には震えが止まり、一つの安定した音に聞こえれば基準音と同じになったということです。これで調絃が終わったわけではありません。この基準音と同じになった絃とほかの絃を同時に弾いてハーモニーさせて目的の音程にします。もちろん同音ではありません。この時も最後の音の震えを無くすように調節します。これらの作業を、ギターは5回、箏は13回行ってようやく調絃を終了します。

 こんな事とてもやっていられないと思った方が多いと思いますが、弦楽器を扱う人は皆当たり前のように同じような事をしています。最近ではチューニング・メータを使う人も多くなりましたが、今でも音叉一つで調絃する人も大勢います。

 以上のことから音感を研ぎ澄ますことがいかに難しく根気のいることかがお分かりいただけたと思います。環境の違う吟詠家が同じ方法で訓練することは できませんが、毎日コンダクターの音を聞き続けることはできると思いますし、効果があることも証明されていますが、根気よく何年も続けられるかどうかが一番難しい問題でしょう。