〈説明〉
ここで言う『ハモる』とは、吟の声と伴奏の音とがよく調和し、一つの和音となる、つまりハーモニーをなすことを指します。
前奏、後奏を除き、吟じているときの伴奏は吟の音程の変わる速さと同じ位の速さで和音が変わっていきます。この場合、吟のコブシは考えないものとします。
例えば吟の節が『ミ・・・・・』または『ド・・・・・』であるはずのとき、伴奏の音は『ラ・ド・ミ』の音を主に使ってメロディーを演奏します。音は目まぐるしく変わっても『ラ・ド・ミ』の音で演奏されている間は同じ和音です。吟者はこの『ラ・ド・ミ』の和音を意識しながら『ミ・・・・・』または『ド・・・・・』を吟じます。
また、吟の節が『シ・・・・・』でろうときの伴奏は『ミ・シ』または『レ・ファ・シ』の音を使った演奏がされています。この時吟の節の『シ・・・・・』が長い場合はこの二つの和音が途中で入れ替わることもありますが『ミ・レ・ファ・シ』がゴチャ混ぜに出てくることはなく、どちらかの和音が感じられるような節になっています。
また、吟の節が『ラ・・・・・』であろうときの伴奏は『レ・ファ・ラ』または『ラ・ド・ミ』の和音が演奏されます。この場合も節が長いときはこの二つの和音が入れ替わったりすることもあります。
四つの代表的な吟詠の和音について述べましたが、詩文によって、つまり詩心によっては基本の陰音階以外の音を使った和音も出てくることがあります。
『ハモル』ことの仕組みについてはほとんど説明致しましたが、実際には難しいことがいくつかあります。
①の伴奏曲から耳を逸らさないということも実際に実行できる人は少ないと思います。ほとんどの方が、つい自分自身の発声にとらわれてしまい、伴奏をしっかりとは聞いていないのです。伴奏を聞いていなければ②も③もできません。伴奏を聞いている人と聞いていない人とでは何が違うのかといえば、習慣の違いです。伴奏を聞く習慣のない人は、どんなに一所懸命聞こうとしても、吟じ始めるとどうしても伴奏から耳が遠ざかります。聞く習慣のある人は、集中して聞こうとしなくても自然と聞こえてしまいます。
尺八の伴奏による吟詠が聞こえてきたとき、尺八の趣味を持っている人は尺八ばかりを聞き、詩吟はついでに聞く程度だと思いますが、詩吟の愛好家は吟の善し悪しは注意を払っても尺八がどんな伴奏をしたかは覚えていない人がほとんどでしょう。かく言う私も昔は三曲演奏を聞いてもいつも尺八ばかりに集中していました。そういう自分に気付き、箏・三絃に集中しようとしましたが、気が付くと尺八を聴いていました。振り返ってみますと、他の演奏に集中できるようになってから合奏がうまくなったように思います。
吟詠の場合も同様に、伴奏に集中できるようになれば伴奏との調和は急に良くなると想像できます。
伴奏を聞く習慣のない人でも、自身が吟じているときに自然と伴奏を聞いてしまうという習慣を身に付ける方法があります。自分が使うCD伴奏を一曲丸ごと覚えてしまうという方法です。2分半の伴奏を全て覚えてしまうのです。無理とお思いでしょうがそんなことはありません。何も考えず、何も吟じずに50回聞いて下さい。人によっては20回で覚えてしまう方もあるでしょう。こうして一旦覚えた伴奏曲は、吟じている時も耳から離れることはなく、特別に集中して聞こうとしなくても吟味中自然と耳に入ってくるようになります。ほんの2時間、繰り返し聞くだけです。
こういう訓練をしなくても自然と伴奏が聞こえてくるという少数派の方も、この作業は無駄にはなりません。同じ伴奏を20回以上聞くことで自身の吟と伴奏との関係がより一層明瞭となり、より高度な調和を実現できるからです。
コンクール用のCD伴奏は、制作段階で特定の吟がモデルとなっていますので、他のどの吟とも和音がぴたりと合うというわけにはまいりませんが、おおむね60〜80%位の確率でハーモニーが一致するので、自身の吟と和音が一致する個所を見逃さず声と伴奏音をうまくハーモニーさせることが理想です。
話の順番が逆になりましたが、伴奏音と自分の声をハモらせるための訓練もしなくてはなりません。
一番安直な方法は、コンダクターの音をイヤホンで聞きながら発声し、ハーモニーを作る練習をすることです。イヤホンを使うのは、自身の声と音量のバランスを取るためです。例えば『ラ(乙)』の音を聞きながら『仙客来り遊ぶ・・・・・・ウ・・・』と発声し、コンダクターとハモらせるのです。また、『ミ(三)』の音を聞きながら、『雲外の・・・・・』と発声します。このように最初は『ミ』と『ラ』で練習しましょう。
大事なことは伴奏から耳を放さないことです。