公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2021年1月



〈説明〉

 知人の方が『おかしかった』とおっしゃるなら、やはりそう聞こえたのでしょう。それとも上手に吟じられたのに『変だった』というような意地悪な人なのでしょうか?私が想像するに、やはり本来ないはずの個所にわずかな『延び』があったのだと思います。私が七年ほど前から指摘してきた『変な読みの流行』について、理解してくださる方が最近少しずつ増えてきているような気がします。 去年NHKのスタジオで吟の録音をしているとき、副調室(ミキサー室)で出番を待っている吟者の方から『て・に・を・はの前が延びた』と指摘されビックリしました。私の話を真剣に聞いて下さっているのだと思ったのと同時に、気付いていてもその場ですぐに指摘できない自分自身に気付き、考えさせられました。

『庭樹は』の『は』を丁寧に発音しようとする余り、『は』の出始めが遅くなってしまい、その結果『テイジュ』が『テイジュー』になってしまうのです。これを解決するには、『テイジュ・ワー』と発音することをお勧めします。このとき、『テイジュ』と『ワー』の間の『・』は十分の一秒だと思って下さい。熟練した吟詠家は自然とこれを行っています。

 日本語の読みは、2音(2音節)で1拍のリズムです。
 例えば


 素読のときは大抵の人がこのリズムで読むのですが、いざ吟詠となると『イクノーノー』と読んでしまうのです。昔はご稀に聞かれる程度で、個人の単なる癖と思い聞き流していましたが、近年では気になるほど増えてきました。特に指導者格の吟詠家に多く、当然これを真似る人も多くなってきているはずです。

 吟詠は漢詩を読んで歌う芸術です。漢詩は書き下し文を読んでもなかなか分かりにくいものです。まして、漢字を見ずに、人が読んでいる漢詩を聞くだけではなおさら意味不明なことが多く、理解されにくいものであることは、吟詠に携わる皆さんが一番よくお分かりのことでしょう?ゆえに、なおさら発音を明瞭に、せめて何と言ったかぐらいは聞き手に届くようにしたいものです。かつて大きな反発を買いながらもコンクール規定にアクセントの項目を設けたのはまさにこのためだったはず。その効果で、『雨』と『飴』、『橋』と『箸』を間違えて伝えることはなくなりましたが、逆に前述の如くリズムを無視した読みのおかげで『日暮の鐘』を『ニチボーノカネ』と発することで『日紡・鐘紡』を連想させたり、『晩霞にとざさる』を『バンカーニ……』とゴルフ場を思わせたり、『一枝を折る』を『イッシーが居る?池田湖?』と思わせ、『繊手を』が『千秋を』になってしまうなど、アクセント導入の甲斐もありません。

 これらの不都合の共通点は、4音節の最後の語が『て・に・を・は』等の接続詞であるということです。つまり『バンカニ』『ニチボノ』『イッシヲ』『センシュヲ』など、3音節の単語に1音節の接続詞の場合です。これらは2音節を1拍として『バン カニ』『ニチ ボノ』『イッ シヲ』『セン シュヲ』と読めば自然に聞こえるところを、『バンカーニ』と発するのでおかしなことになるのです。よしんば意味を取り違えるほどのことにはならないにしても、2・2・2が基本の日本語の読みを、3・1としてしまうことでまさに拍子抜けしてしまい、聞いた感じもギクシャクして調子の悪い読みとなってしまいます。

 もう一つの共通点は吟の節が高い所でおきやすいということです。例えば『山間の秋夜』の承句『フウロヲ オサメテ』は高い節ではないので多くの方が『フウ ロヲ』『オサ メテ』と吟ずるでしょうが、もしこれが転句の最初だったら『フウローヲー』や『オサメーテー』と吟ずる方が多いのではないかと思います。高い節になると3・1の読み方になるというのは、『詩を聞かせよう』という気持ちより『声を聞かせよう』という気持ちの表れです。自慢の声は二番目に、詩文を優先する習慣を養いましょう。

 今年度のコンクール指定吟題の中で注意すべき言葉は
恩賜の・がん素の・千樹の・天下の・煙雨の・発して・望めば・炎暑を・思えば・正気の・庭樹は・旧時の・桂花を・秋思の……等