服部南郭(はっとりなんかく)
「夜墨水を下る」(よるぼくすいをくだる)
漢詩は学ぶほどにその魅力にとりつかれ、味わい深くなります。
毎回何首かの詩を取り上げ、奥深く豊かな詩の世界を少しだけ解きほぐしてみたいと思います。
出来る限りテレビやラジオの演目に合わせて詩を選びますので、吟詠の一助にお読みいただければ幸いです。
ときには和歌も取り上げたいと思います。
服部南郭(一六八三〜一七五九)は江戸時代中期の詩人。名は元喬、字は子遷。南郭はその号です。
夜下墨水 夜墨水を下る
金龍山畔江月浮 [金龍山畔 江月浮かぶ]
江搖月湧金龍流 [江揺らぎ月湧いて金龍流る]
扁舟不住天如水 [扁舟住まらず天水の如し]
兩岸秋風下二州 [両岸の秋風 二州を下る]
「金龍山」は隅田川西岸の待乳山です。伝説では、推古天皇のころ突然土地が隆起してそこへ金龍が舞い降りたといいます。山の畔たけやわたしに竹屋の渡がありました。
「金竜山のほとり、川面に月の光が浮かぶ。水が揺らぐと、月が水底から湧き出て金の竜が流れだす」。「金龍」で詠い出し「金龍」で収め、第一句の「江月」が第二句で「江」と「月」とに分解されて詠われています。そこで評者のなかには、同じ漢字を二度使っている、と酷評する人もいます。が、よく読むと、実景と深情が巧みに詠い込まれていることに気づきます。
最初の「金龍」は山で、二度目の「金龍」は月光です。「江月浮かぶ」と言って、第二句で「江揺らぎ」と「月湧く」と分解するのは、ただ単に波が立ったというだけでなく、作者が乗り込んだ舟が大きく揺れたことを暗示します。水面に近い舟からの視線では、月があたかも水底から湧くように見えたことでしょう。北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」の富士の位置に月がある構図です。「江月浮かぶ」、さあ月が出た、と舟に乗り込むと「江」が大きく揺れ、大波の底に「月」が湧いて「金龍」が流れた。舟が大きく揺れる緊張感と、いよいよ出発だという期待感が、たゆたう波のように詠われているのです。
後半は、「たゆたい」から一気に「快走する舟」を詠います。「小舟は澄んだ空のもと清らかな水を滑り、両岸をわたる秋の風をきって二州を下る」と。「天如水」は、空が水のように澄みわたり区別のつかないことをいいます。「二州」は「両国」、武蔵と下総の国。この境を隅田川が流れます。舟はまるで龍の背に乗っているかのように爽快に下ってゆきます。第二句の「金龍流る」が後半に活きているのです。
隅田川舟行を詠った詩のなかでとくにすぐれる詩を「墨水三絶」といっています。一つはこの詩で、あとの二つは平野金華(一六八八〜一七三二)と高野蘭亭(一七〇四〜一七五七)の詩です。
早發深川 早に深川を発す 平野金華
月落人煙曙色分 [月落ち人煙 曙色分かる]
長橋一半限星文 [長橋一半 星文を限る]
連天忽下深川水 [天に連なって忽ち下る 深川の水]
直向總州爲白雲 [直ちに総州に向かって白雲と為る]
「深川」は隅田川下流の地名。また水の深い隅田川をいいます。
「長橋」は永代橋。「総州」は上総・下総です。「月が落ちて家々から炊煙が立ちのぼり、東の空も明るくなってきた。永代橋は星空を二分して高くかかっている。天に連なる深い川を下って海に出ると、その水はただちに総州に向かって白い雲になった」。水は空と連なり、空に流れ込んでいるように見えていました。その川を一気に下るとすぐに海に出て、雲のかかる総州が見えた。そこで勢いよく流れてきた水がただちに総州に達して雲になった、と。「天に連なる」水だから「雲」になるのです。
月夜三叉口泛舟 月夜三叉口に舟を泛ぶ 高野蘭亭
三叉中斷大江秋 [三叉中断す 大江の秋]
明月新懸萬里流 [明月新たに懸かる 万里の流れ]
欲向碧天吹玉笛 [碧天に向かって玉笛を吹かんと欲すれば]
浮雲一片落扁舟 [浮雲一片 扁舟に落つ]
「三叉」は三股の淵。今の清洲橋のかかっているあたり。かつて中洲があり、二分された流れと箱崎川が交わるあたりをいいました。「大江が分かれた三俣に舟を浮かべると、秋の月が中天に懸かり、水は万里かなたまで流れてゆく。碧天に向かって笛を吹こうとすると、一ひらの白雲が小舟のなかに落ちてきた」。高野蘭亭は十七歳で失明していますから、これは心の眼で見た風景です。白雲たなびく仙界、風流の世界に誘われる感覚を詠います。
「三絶」といわれるだけあって、みなすばらしい詩です。