公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2024年11月







〈説明〉

「ン」の発声方法は一般的に「舌を軟口蓋にあて、鼻だけから気息を漏らして発する」つまり鼻からだけ声を発する完全なる鼻音のことを言うのですが、ここで言う裏技は、鼻と口の両方から同時に声を発する不完全な鼻音です。

 裏技の説明の前に、「ン」の発音の基本について少し申し上げます。

 「ン」の発音を指導するとき、「必ず口を閉じる」とする指導者が多いようですが、「ン」の発音は唇を閉じても開いてもほとんど変わりません。ただ、つぎに続く発音によって唇の開閉が自ずと決まるのです。例えば「煙霧(エンム)」の時は唇を閉じたほうが自然な発音となり、発音記号は「m」となります。また、「堅固(ケンゴ)」の時は唇を閉じると言いにくくなり、自然と開いたままになります。この時の発音記号は「ŋ 」また、「間(カン)」の時は開いたままで発音記号は「n」。

 このように発音記号が異なるということは、厳密には違う音であることを示していますが、日本語の中では区別されていません。すべて「ン」と表記されます。ここで一つ書き加えなくてはならない例として古語の「行きけむ(ユキケン)」の場合は「ン」が語尾であっても唇を閉じる発音となり発音記号は「m」です。

 結論は「ン」の発音の基本は唇を閉じる場合も開いたままの場合も、声は鼻からのみ発声することが原則となっています。このことから「必ず唇を閉じる」という指導が広まってしまったのだと思います。「ン」のとき、唇は閉じる場合と閉じない場合があると覚えておきましょう。

 「ン」の発声を他の五母音と同じように響きのある大きな声で発するためにはこれまでの説明にある原則からは離れた方法で発声します。

 図(上)をご覧ください。これは五母音と「ン」の関係を表しています。

 一般に、五母音(アイウエオ)の発声は人それぞれでかなり違いがあります。例えば、「イ」を発する場合、「イ」と「ウ」の中間の母音を発する人がいたり、あるいは「イ」と「エ」の中間の発音を使ったりなど人さまざまです。外国の言葉にはこれら中間の母音がいろいろあって、区別されていますが、日本の場合は曖昧な母音でも五母音のうちのどれかに当てはめられて聞いてもらえます。その曖昧母音が図の孤の上にあたります。

 今回の問題点は孤の上ではなく、孤の内側です。孤の内側を鼻母音と言います。多くの人が、標準的母音を発しているつもりで実は鼻母音を発している場合が多いのです。

 ここからは実際に声を出しながら説明を聞いてください。

 図を見ながら「ア」を発してください。「ア」を発し続けながら、口腔の形を変えず、舌の位置も変えずに「ン」を発してみましょう。舌の位置も口の形も「ア」のままで「ン」の発声が出来ましたか?できましたら母音を変えて「エ」→「ン」、「イ」→「ン」、「ウ」→「ン」、「オ」→「ン」の変化を口腔と舌を動かさずに発音してみてください。できましたか?

 これが出来ましたら次はこれらの変化を極めてゆっくり、1ミリづつ変化してみましょう。ゆっくり変化させているつもりが、完全な「ン」になるとき、急に変化してしまうことが分かると思います。その点に気付いたら、その瞬間を注意深くゆっくり変化させることに集中しましょう。これらの変化も難しいのですが、逆の変化は更に難しくなります。逆の変化、つまり「ン」→「ア」、「ン」→「エ」、「ン」→「イ」、「ン」→「ウ」、「ン」→「オ」と変化するわけですが、実際は「ン」から始めるのは難しいので「ア」→「ン」→「ア」の順に発声しましょう。このとき一番重要なのが「からへ1ミリ変化したところで声を出し続けることです「ン」から「ア」へ1ミリということは、ほとんど「ン」であるということです。「ン」から1ミリ動かそうとすると急に「ア」へ変化してしまうことに気付くと思いますが、それでは裏技として使える「ン」にはなりません。聞く人がであると認識できる発音でなければ使えません。実際には「ン」の前の言葉によって「エ」由来の「ン」なのか、「ウ」由来の「ン」なのかが決まり、それぞれ技の違いはあると思います。

 とにかく「ン」から1ミリだけ五母音に寄った発音が出来れば鼻と口の両方から発声が出来るので声量は格段に増えるわけです。

 ここでひとつ確認しておかなくてはならないこととして、「いかにせむ(イカニセン)」「行かむ(ユカン)」など、これらの「ン」は「m」の発音で、原則唇を閉じないと違和感がありますので、言葉の後にヤマなどの節が続いたとしても声量を求めず唇を閉じたまま吟ずるしかありません。

 重ねて申し上げます! 聞く人がであると認識できる発音でなければ使えません。



 ※こちらの質問は『吟と舞』2020年9月号に寄せられたものです