〈説明〉
共鳴という現象をご存知でしょうか?
全国各地のお寺に「鳴き龍」という現象を伴う龍の天井絵画がありますが、そこでは手の平を「パン!!」と打つと残響が「ビーン」とか「ギューン」などの音に聞こえ、龍の声だとして昔からありがたがられています。もちろん、これは天井に龍の絵が描かれているから起きる現象ではなく、そのお堂の広さや構造、材質などによって、残響の長さや音色がきまってくるのです。例えば、お堂が小さければ余韻の長さは短くなり、手の平を打っても何も起こらないでしょうし、構造がコンクリートと木造では全く異なる音色となるでしょう。このように音源が他のものや空気に響き余韻が生まれることを共鳴、または共振といいます。
図1をご覧ください。音叉の付いた箱が二つ、開口部を向かい合わせて並んでいます。小学校で理科の実験に使われたのを思い出した人が多いと思います。これは、左の音叉を叩くと右の音叉も勝手に鳴り出すという実験です。音叉というものは叩かれることで一定の音程でしばらく振動するように作られており、この時の音程はそれぞれの音叉で決まっており、これを固有振動数といいます。1本の音程で振動する音叉は、どんな叩き方をしても常に1本の音程で鳴り続けます。その音叉の振動が箱に伝わり、箱の中の空気が振動すると向かい合わせに置いた箱に音が伝わり、その箱に取付けてある1本の音叉が振動する、つまり共振するということです。このとき両方の音叉が同じでないと共振は起きません。右側の音叉が2本の音程では共鳴は起きないのです。
今は二つの音叉間の共鳴を説明しましたが、実は音叉と箱の共鳴も問題なのです。音叉には固有振動数が決まっているといいましたが、箱にも固有振動数があるのです。音叉と箱の固有振動数が同じとき、箱の中の空気は大きく振動し、開口部から聞こえる音も大きくなります。つまり、左右の音叉と箱が全て同じ固有振動数であるとき、もっともよく共鳴する状態といえます。
この共鳴を人間の声の発声に置き換えてみますと、音叉が声帯で、箱にあたるのが口腔や鼻腔などの気道です。
声帯が振動する音程は頻繁に変わります。先ほどの音叉と箱の話を思い出してください。気道にも固有振動数が決まっていたら、声帯から発せられる音程が変わると、共鳴したり共鳴しなかったり、その都度響き方が変わってしまうことになるのです。音程が変わったら気道も変えないと最良の響きは得られません。しかし人間の気道の長さは意識的に変えることはほとんどできません。変えられるのは口腔と鼻腔です。気道は長さだけでなく形が変わることでも共鳴が変わります。一番わかりやすいのが、口腔の変化による母音の変化です。大きく開けると「ア」そのまま横に平たく潰すと「エ」そのまま歯を閉じると「イ」そのまま唇を尖らすと「ウ」そのまま歯を上下にひらくと「オ」になります。
最初に図2を見ながら「イ」を響かせる練習をしましょう。
「イ」を発声しながら口腔と舌の形を変えずに「ン」を発してみましょう。この時舌と口腔の形が変わらないことに注意を集中して「イ」「ン」「イ」「ン」を声を出し続けながら繰り返してみましょう。慣れてきましたらこの変化をゆっくり行いましょう。
次に「イ」から1ミリだけ「ン」へ寄せてみてください。母音としては「イ」のままですが、響き方が変わりますね。元の「イ」と1ミリ寄せた「イ」を繰り返し往復してください。この時の響きの変化を観察しながら発声しましょう。
次は「イ」を発声しながら舌の位置を0・5ミリから1ミリくらい上へ、つまり上あごに近づけてみてください。「イ」の場合、最初から舌は上あごに接近していますが、更に0・5ミリ近づけるということです。すると息が出にくくなるのでやや強めに押し出すようになります。この時、声に変化があるはずです。最終的にはこの声の変化に注目し、舌の位置や「ン」に寄せることは忘れてもかまいません。声の変化が重要です。声の変化を体感できるようになったらいろいろな声を出してみましょう。それらの中に、極端に響きの強い声があるはずです。「イ」で声を変えられるようなったら、「エ」「ウ」にも挑戦してみましょう。「オ」「ア」は時間がかかるかもしれませんがコツは同じですから必ずできます。
変化させることが分からなくなったときは、再び「ン」に寄せることから始めましょう。
※こちらの質問は『吟と舞』2020年7月号に寄せられたものです