〈説明〉
舞台におけるマイクで、音響屋さんが最も苦労するのがハウリングの防止です。
本番中に一瞬でもハウリングが起きてしまったら、プロとして大失敗ですから最も気を遣うことです。スピーカーからマイクを遠ざけることも有効ですが、舞台上に複数のマイクがある場合はそれも難しくなります。
舞台上のさまざまな条件を視野に考えると、究極はボリュームを抑えることが原則なのです。
しかしボリュームを抑えればスピーカーから大きな音が出ませんので、仕方なくマイクに大きな音を入れることになります。
そのためにはマイクと音源をなるべく近づけたいのですが、近づけることでいろいろな弊害も発生します。
歌う時にマイクから拳一つ離すというのも、ある弊害を防ぐためです。近づきすぎると聞いてる方がうっとうしくなるからです。
想像してみてください。好きでもない人に耳元でぼそぼそと内緒話をされたら気持ち悪いでしょ? マイクの場合も同じ効果があるのです。
あまり近づきすぎると低音ばかり強調され、息の音がガサガサと入ってしまうので、聞く方が気持ち悪くなります。
また、拳一つ離しても子音の種類によっては息がマイクを直撃して「ボン!」という雑音が入ってしまい、これが何度も続くとうっとうしくなり聞いていられません!
また、ハンドマイクを使うときに、マイクをなめるように口に押し当てて話す人をよく見かけます。これこそ耳元でぼそぼそと話されている状態で、とても気持ちの悪い音です。
低音が「ドンドン」息が「ボンボン」「ガサガサ」、とても聞いていられません。
また、マイクの頭の部分を手で覆ってしまい、先端のみを残して話したり歌ったりする人が多いのも困ったものです。
マイクの構造はたいていの場合、指向性があり、マイクの横からの音が入りにくくなっているものですが、先端の網目の部分を覆ってしまうと指向性が失われ、
どの方向からくる音にも反応してしまうため、ハウリングの原因となってしまうのです。
音響屋さんにはどうしようもないことで、苦々しく思うばかりです。
舞台ではマイクを音源に近づけると申しましたが、箏(こと)の音を採るときは箏の底板にある開口部(サウンドホール)にマイクを差し込む方法をとることが多いです。
一番大きな音を採ることのできる場所だからです。しかし普通、こんなところに耳を当てて琴の音を聞くなどということはあり得ません。
実際ここから採る音は低音ばかりが「ボンボン」と響き、筝のような音ではありません。
そのため音響機器によって調整をしますが、通常の筝の音色にはなりません。それでも音量を稼げる方が重要なのでこの方法をとります。尺八に関しても同じです。
常に均等な音量の採れる場所が歌口(吹き口)しかないので、仕方なく風切り音の多い歌口にマイクを近づけます。
この場所が運指によらず常に一定の音量が取れるのですが、常に風切り音が激しいので、音響機器によってなるべく風切りの雑音を目立たなくするのです。
それでも人がそばで聞く音と同じにはなりません。全て音量優先のためです。
スタジオでのマイクの使い方は全く逆です。
録音のためのマイクですから、マイクのある部屋からスピーカーの音は聞こえてきませんので、ハウリングの心配はありません。
あくまでも自然な音を録音するのが目的ですから、普通に人が聞くときの距離から音を採ります。
ですから歌い手の口元にマイクをセットすることはありません。音量よりも自然な声が取れる場所を選ぶことが重要なのです。
またマイクの性能も高く感度も高いので、あまり大きな声や音が入るとマイクが予定している範囲を超えるので、歪んだ信号が伝わり、実際の音とは異なる録音となってしまうので、距離を離すなどの調整をします。
尺八の音を録る場合も約1メートル位の位置から録ります。
歌口のそばから録るわけではないので、雑音も大きくなく、手孔や管尻からの音も均等に録音することが出来、自然な音を録ることが出来ます。
箏の録音も楽器の前方・上方から録りますが、楽器が細長いためマイクを2本セットすることもあります。
これは楽器の位置によって異なる音が出ていることを考慮してのことです。
スタジオで使われるマイクは感度も高いのですが、それ以上に周波数特性も良く、低音から高音域まで均等に取り入れることが出来るなど、
高度な技術が詰まっている機器で価格も高額で、素人が触れることは許されません。ハンドマイクと大きな違いです。
スタジオでの録音は静粛な空間で音を録るため、どんなに小さな音でも確実に録音できます。ですから歌い手はマイクのことを気にせず、安心して吟じればよいのです。
※こちらの質問は『吟と舞』2019年10月号に寄せられたものです