公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2022年5月




〈説明〉

以前、講習会でこんな質問がありました。「五線譜のハ長調は詩吟の4本調子ですか?」と、勘違いされた理由はすぐに解りました。

「ハ音」が「C音」つまり「4本」なのでそう思われたのでしょう。この勘違いの原因は吟界の習慣の中にあるのです。吟界では吟じる時の声の高さを「〇本」と、高さのみを表し、音階の種類は申しません。吟詠の場合陰音階で吟じるのがあたりまえになっているので、主音の「ミ」の高さを「〇本」と伝えればよいのですが世の中には陰音階の他にいくつもの種類の音階があります。「長音階」「短音階」「陽音階」「尺八音階」「四七抜き長音階」「四七抜き短音階」「琉球音階」など……。「ハ長調」は「ハ長音階」のこと。「イ短調」は「イ短音階」のことを表しています。最初の「ハ」「イ」は音名でそれぞれ「4本」「1本」のことです。詩吟でいう「4本」は「4本陰音階」つまり「ハ陰音階」、「ハ陰調」とでもいいましょうか。

「ハ長調」は「ドレミファソラシド」の「ド」が4本。「ハ短調」は「ラシドレミファソラ」の「ラ」が4本。詩吟の「ハ陰調」は「ミファラシドミ」の「ミ」が4本であることを示しています。ですから世の中一般では「〇本」と告げても何も伝わらないのです。「本数のみ」は吟界の仲間内だから通じる業界用語のようなものです。(図1)に吟詠の本数1本〜12本までのすべての場合における五線譜上の音階と調子の呼び名を本数の順に列挙しました。

先月号で、8本(イ短調)の五線譜で、「シ」にフラット(♭)記号をつけると音階全体が7本下がるというお話をしましたが、(図1)ではシャープ(♯)記号の調号も見られます。これは「ファ」に♯がつくと全体が7本高くなるという原理で、♯が一つ増えるごとに7本ずつ高くなる調号です。どうしてそうなるかは先月号でのご説明同様に、「ドレミファソラシド」の「ファ」を1本高くすると「ド」の位置がどこへ移動するかをよく考えてみますと解ります。パズルのような問題です。

(図1)からご自分の吟じる本数が「〇短調」であるのかを確かめておくのも役に立つことがあるかもしれません。例えばピアノ奏者に詩吟の伴奏を依頼するとき、6本の人ならば「私の吟の高さはト短調またはゲーモールです。」あるいは「フラット二つです」と伝えればたいていの場合通じます。

(図2)には筝で伴奏するときの実際に使った楽譜を載せておきました。各行のまんなかに吟の節が書かれています。この楽譜は一行が8拍になっています。

1分間に90拍くらいの速さで採譜してありますので、1行を約5秒で進行します。紙面の都合で転句の一部分のみ載せました。この楽譜の吟の部分のみを五線譜に書き換えたものが(図3)です。

コブシなどの細かい節回しなども、装飾音符を使って表すこともできますが、最初に申し上げた理由でこれも「およそ……」ということになります。

五線譜に表す最大のメリットは多くの人に理解してもらえるということでしょう。